収入が低いと主張する経営者との離婚|婚姻費用・財産分与で確認すべきポイント

収入が低いと主張する経営者との離婚|婚姻費用・財産分与で確認すべきポイント
役員報酬だけでは分からない婚姻費用・財産分与のポイント
会社を経営する配偶者から「自分の役員報酬は低いから、婚姻費用はほとんど払えない」「会社名義の財産だから、離婚時に分ける必要はない」と言われ、不安を感じる方は少なくありません。しかし、婚姻費用や財産分与は、源泉徴収票に記載された役員報酬だけを見て機械的に決まるものではありません。
重要なのは、婚姻中の生活が実際に何によって支えられていたのか、会社と経営者個人との間にどのような資金関係があるのか、そして婚姻中にどのような財産が形成・維持されたのかを、客観的な資料から確認することです。本記事では、収入を低く抑えている経営者との離婚で問題になりやすい点を、一般の方にも分かりやすく解説します。
この記事のポイント
- 婚姻費用では、役員報酬のほか、配当、不動産所得、年金など、婚姻生活の原資となっていた収入が考慮されることがあります。
- 会社が住居費、自動車費、保険料などを負担している場合、その内容や実態は、生活水準や収入認定を検討するうえで重要な事情となります。
- 法人名義の預金や不動産は原則として法人の財産ですが、経営者個人が持つ株式・出資持分は財産分与の対象になり得ます。
- 財産分与は名義だけで決まらず、家事・育児を含む夫婦双方の寄与を踏まえ、原則2分の1を基準に検討されます。
- 経営者案件では、決算書、勘定科目内訳明細書、株主名簿、法人と役員の貸借関係など、会社関係資料の早期確保が重要です。
1 婚姻費用は「役員報酬」だけで決まるとは限らない
婚姻費用とは
婚姻費用とは、夫婦と未成熟子が通常の社会生活を維持するために必要な生活費です。食費、住居費、光熱費、医療費、教育費などが含まれます。民法760条は、夫婦が資産、収入その他一切の事情を考慮して婚姻費用を分担すると定めています。別居後も離婚が成立するまでは婚姻関係が続くため、収入の多い側が少ない側に婚姻費用を支払うことがあります。
話合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立て、調停で合意できなければ審判で裁判所の判断を受けることになります。家庭裁判所では、一般に令和元年版の標準算定方式・算定表が参照されますが、算定表はあくまで標準的な事案の目安です。経営者のように収入構造が複雑な場合には、個別事情の検討が欠かせません。
役員報酬以外も確認する
経営者の源泉徴収票に記載された役員報酬が低くても、それ以外の収入や資産から日常生活費が支出されていることがあります。大阪高等裁判所平成30年7月12日決定は、配当金収入や不動産所得等が特有財産から生じたものであっても、婚姻中に夫婦の生活費の原資となっていた事情のもとでは、婚姻費用算定の基礎とすべき収入と判断しました。
したがって、役員報酬の額だけでなく、次のような収入や資金の流れを確認する必要があります。
- 会社から受け取る配当金や役員賞与
- 個人所有の不動産から生じる賃料収入
- 公的年金・企業年金その他の継続的収入
- 預貯金や有価証券の取り崩しが生活費に充てられていたか
- 会社が役員個人の住居費、自動車費、通信費、保険料、旅行代などを負担していないか
- 役員貸付金・役員借入金を通じて、会社と個人の間で資金移動がないか
もっとも、会社が支払った経費がすべて当然に個人の収入へ加算されるわけではありません。業務上必要な支出なのか、実質的には個人生活のための利益供与なのかを、支出の目的、利用状況、金額、継続性などから個別に検討します。
離婚の話が出た後に報酬を下げた場合
離婚や別居の直前・直後に役員報酬が大幅に引き下げられた場合には、減額の時期、会社の業績、取締役会・株主総会の決議、他の役員の報酬、本人の勤務実態、減額後の生活水準などを確認します。単に『現在の報酬額が低い』というだけではなく、減額に合理的な経営上の理由があるのか、今後も継続するのかが問題になります。
婚姻費用は原則として現実の収入を基礎にします。潜在的稼働能力による収入認定は例外的な考え方であり、経営者が低額報酬であるという一事だけで、直ちに以前の報酬額や統計上の収入が認定されるわけではありません。そのため、実際の収入と支出を具体的な資料で示すことが重要です。
2 経営者の『基礎収入』をどう考えるか
給与所得者と自営業者では見方が異なる
標準算定方式では、総収入から公租公課、職業費、住居費・医療費などの特別経費を標準化して控除し、婚姻生活に充てられる『基礎収入』を求めます。令和元年版の標準算定方式では、基礎収入割合は給与所得者がおおむね38~54%、自営業者がおおむね48~61%とされています。高額所得になるほど割合は小さくなります。
ただし、会社から役員報酬を受け取る経営者は、税務上は給与所得者として扱われることが多い一方、会社を実質的に支配し、報酬額や経費処理に強い影響力を持つ場合があります。そこで、給与所得者用算定表に源泉徴収票の金額を当てはめるだけでよいか、会社資料まで踏み込む必要があるかを事案ごとに検討します。
確定申告書の数字をそのまま使わない場合
個人事業主の場合、確定申告書の所得金額には、税法上の必要経費や各種控除が反映されています。しかし、税法上の経費と、婚姻費用算定上控除すべき経費は必ずしも一致しません。家事関連費、減価償却費、青色申告特別控除、専従者給与などについて、算定上どのように扱うかを検討することがあります。経費名目だけでなく、実際の支出内容と事業上の必要性を確認することが大切です。
3 法人財産と経営者個人の財産を区別する
会社名義の財産は原則として会社のもの
株式会社や医療法人などの法人は、経営者個人とは別の法的主体です。そのため、法人名義の預金、不動産、設備、自動車などは、原則として夫婦間の財産分与の対象に直接入るものではありません。たとえ配偶者が会社の代表者であり、株式を100%保有する一人会社であっても、会社財産と個人財産を同一視することはできません。
もっとも、法人名義であることを理由に調査が不要になるわけではありません。法人の純資産や収益力は、経営者個人が持つ株式の価値に反映されます。また、会社から経営者への貸付け、経営者から会社への貸付け、個人資産の会社への投入などは、個人財産の把握や株式評価に影響します。
財産分与の対象となり得るのは株式・出資持分
婚姻後に会社を設立し、婚姻中の収入や夫婦の協力によって株式・出資持分を取得・維持した場合、その株式等は財産分与の対象となり得ます。実務上は、離婚後も元配偶者同士が株主として関係を持ち続けることを避けるため、株式そのものを分けるのではなく、経営者が株式を保有したまま、その評価額を踏まえた代償金を支払う方法が検討されます。
非上場株式の評価は簡単ではない
上場株式には市場価格がありますが、非上場会社の株式には日々の取引価格がありません。そのため、純資産価額、収益力、配当実績、類似業種との比較など複数の観点から評価します。会社規模、業種、株主構成、譲渡制限、経営者個人への依存度、含み益・含み損、簿外債務などによって適切な方法は変わります。税務上の相続税評価額が、そのまま離婚時の時価になるとも限りません。
大阪高等裁判所平成26年3月13日判決では、医師が婚姻後に設立した医療法人の出資持分について、法人化前の診療所に関する婚姻共同財産を活用して増加した事情などを踏まえ、財産分与の対象としました。そのうえで、将来の事業運営の不確実性等を考慮し、純資産評価額の7割相当額を評価額としました。ただし、これは個別事情に基づく事例判断であり、すべての会社で一律に『純資産の7割』と評価されるわけではありません。
4 財産分与は名義ではなく形成・維持への寄与で考える
原則は2分の1
財産分与では、婚姻中に夫婦が協力して取得・維持した財産を清算します。預金や不動産が経営者単独の名義であっても、婚姻中の収入を原資に形成されたものであれば、原則として対象になります。家事や育児によって配偶者の事業活動を支えたことも寄与に含まれるため、直接会社で働いていなかったことだけを理由に財産分与が否定されるものではありません。
2026年4月1日施行の改正後民法768条は、婚姻中に取得・維持した財産、寄与の程度、婚姻期間、生活水準、協力・扶助の状況、年齢、心身の状況、職業、収入その他一切の事情を考慮すると定め、寄与の程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとしています。したがって、現在も2分の1が基本的な出発点です。
2分の1が修正されることもある
経営者の特殊な資格、技能、発明、卓越した経営手腕などが財産形成に大きく寄与したと認められる場合には、2分の1が修正される可能性があります。前記大阪高裁平成26年3月13日判決では、医師が婚姻前から資格取得に努力し、婚姻後も資格・技能と労力により高額収入を得た事情などから、夫6割、妻4割とされました。もっとも、高収入である、あるいは経営者であるというだけで当然に割合が修正されるわけではありません。家事・育児、事業への協力、婚姻期間、財産形成の具体的経緯を総合して判断されます。
特有財産は対象外
婚姻前から持っていた預貯金や株式、婚姻後に相続・贈与で得た財産は、原則として特有財産となり、財産分与の対象外です。ただし、婚姻前財産と婚姻後財産が同じ口座で混在していたり、相続財産を会社へ投入したりしている場合には、原資の追跡が難しくなります。通帳、振込記録、売買契約書、相続関係資料などから資金の流れを示す必要があります。
対象財産の基準時と評価時
実務では、夫婦の経済的協力関係が失われた別居時を、財産分与の対象財産を確定する基準時とすることが一般的です。一方、基準時に存在した不動産や株式の『価値』は変動します。そのため、評価は離婚時、審理終結時に近い時点など、処分時に近い価額を用いることがあります。対象財産をいつ確定するかと、いくらと評価するかは別の問題として整理する必要があります。
5 経営者との離婚で集めておきたい資料
収入や資産をめぐる争いでは、『生活が派手だった』『会社にお金があるはずだ』という感覚的な主張だけでは十分ではありません。別居前で資料に適法にアクセスできるうちから、次の資料の所在を確認しておくことが有用です。ただし、パスワードを破る、無断で会社に侵入するなど違法・不相当な方法による取得は避けてください。
| 分野 | 主な資料 |
|---|---|
| 個人の収入 | 源泉徴収票、給与明細、確定申告書、課税証明書、配当通知、賃貸借契約書、年金関係資料 |
| 法人の財務 | 直近3~5期程度の決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、試算表 |
| 株式・出資 | 定款、株主名簿、出資者名簿、設立資料、株式譲渡契約書、増資資料、株価算定資料 |
| 法人との貸借 | 役員貸付金・役員借入金の明細、金銭消費貸借契約書、返済履歴、仮払金・立替金の明細 |
| 生活費の実態 | 家計口座、クレジットカード明細、住宅・車両の契約、会社負担経費の領収書や利用状況 |
| その他の財産 | 預貯金、有価証券、不動産、保険解約返戻金、自動車、暗号資産、退職金に関する資料 |
裁判所を通じた資料収集
任意の開示が得られない場合、調停・審判・訴訟の中で、裁判所による調査嘱託などを検討します。また、2026年4月1日に施行された制度では、婚姻費用の審判事件について収入・資産状況、財産分与の審判事件について財産状況の情報開示命令を申し立てることができる場合があります。離婚訴訟に附帯して財産分与を求める場合にも、情報開示命令の制度が設けられています。正当な理由なく開示しない、または虚偽の情報を開示した場合には、10万円以下の過料の対象となり得ます。
ただし、裁判所が自動的にすべての会社資料や預金を調査してくれるわけではありません。どの財産・収入が存在すると考えるのか、その根拠は何か、どの資料を誰が保有しているのかを具体的に示す必要があります。会社や金融機関を特定する手掛かりを早い段階で整理しておくことが重要です。
6 財産を隠される前に注意したいこと
別居前後の急な資金移動を確認する
別居前後に多額の預金が引き出された、会社への貸付金に振り替えられた、親族名義へ送金された、役員退職金が決議されたなどの動きがある場合には、取引日、金額、送金先、名目、決議資料を確認します。基準時前に形式上名義を移したからといって、必ず財産分与の対象外になるとは限りません。実質的な帰属や処分目的が問題になります。
交渉の早い段階で財産目録を作る
経営者案件では、婚姻費用と財産分与が相互に関連します。まず、個人と法人を分けた財産目録を作り、各財産について名義、取得時期、原資、基準時残高、現在価値、裏付け資料を一覧化すると、争点が明確になります。不動産や非上場株式など評価が必要な財産は、早めに評価方法と必要資料を検討することが解決への近道です。
7 財産分与を請求できる期間に注意
2026年4月1日以後に離婚した場合、離婚後の財産分与は、原則として離婚の時から5年以内に家庭裁判所へ申し立てる必要があります。これに対し、2026年4月1日より前に離婚した場合は、従前どおり離婚の時から2年以内です。離婚日によって期限が異なるため、注意が必要です。
期限が近い場合、相手との話合いを続けるだけでは足りないことがあります。交渉中であっても、期限を徒過しないよう家庭裁判所への申立てを含めた対応を早急に検討してください。なお、離婚前であれば、離婚調停や離婚訴訟の中で財産分与を併せて求めることができます。
8 よくある質問
会社の預金が1億円あれば、半分の5000万円を請求できますか?
原則として、会社の預金は法人の財産であり、そのまま半分を請求するものではありません。ただし、会社の純資産は、経営者が保有する株式・出資持分の評価に影響します。また、会社と個人の資金が混同されている場合には、その実態を調査する必要があります。
役員報酬が月20万円なら、婚姻費用もその金額だけで算定されますか?
必ずしもそうではありません。配当、不動産所得、年金などが生活費の原資であった場合や、会社から個人的利益を受けている事情がある場合には、役員報酬以外の事情も検討対象になります。ただし、何がどの程度考慮されるかは資料と個別事情によります。
会社を手伝っていなければ、株式価値の財産分与を受けられませんか?
会社で直接働いていなくても、家事・育児などを通じて配偶者の事業活動と財産形成を支えた寄与が考慮されます。株式等が婚姻中の夫婦の協力によって取得・維持された財産といえるかが重要です。
相手が決算書を見せてくれません。諦めるしかありませんか?
任意開示を求めたうえで、調停・審判・訴訟における調査嘱託や情報開示命令などを検討できる場合があります。ただし、対象会社や必要資料を具体的に特定するための手掛かりが重要です。
まとめ|経営者との離婚は、収入と会社財産の『実態』を確認する
収入を低く抑えている経営者との離婚では、役員報酬や申告所得だけを見て結論を出すべきではありません。婚姻費用では、婚姻中の生活を実際に支えていた配当、不動産所得、年金、預貯金その他の資金を確認します。財産分与では、法人名義の財産と経営者個人が保有する株式・出資持分を区別し、会社の設立経緯、婚姻中の資金投入、法人と役員の貸借関係、株式の価値を検討します。
経営者案件は、証拠が相手方や会社側に集中しやすく、非上場株式の評価にも専門的な判断が必要です。離婚を切り出した後に報酬や資産の状況が変化することもあるため、できるだけ早い段階で資料を確保し、法的な見通しを立てることが大切です。
P&M法律事務所へご相談ください
P&M法律事務所では、経営者・会社役員との離婚、婚姻費用、財産分与に関するご相談をお受けしています。役員報酬が不自然に低い、会社名義の財産が多い、非上場株式の評価が分からない、相手が資料を開示しないといったお悩みがある方は、お一人で判断せずご相談ください。個人と法人の資金関係や財産形成の経緯を整理し、必要な資料と手続を検討します。初回相談は無料です。まずはお気軽にお問い合わせください。
主な法令・裁判例
- 民法760条(婚姻費用の分担)
- 民法768条(財産分与)
- 家事事件手続法62条(調査の嘱託等)、152条の2(情報開示命令)
- 人事訴訟法34条の3(情報開示命令)
- 大阪高決平成30年7月12日(婚姻費用分担事件)
- 大阪高判平成26年3月13日(離婚等請求事件)
- 最高裁第三小法廷決定平成18年4月26日(婚姻費用分担事件)
※本記事は一般的な法的情報を提供するものであり、個別事件の結論を保証するものではありません。具体的な見通しは、事実関係と資料により異なります。
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P&M法律事務所
代表弁護士 林本 悠希
大阪大学高等司法研究科卒業後、事務所経験を経て独立し、P&M法律事務所を立ち上げる。メディア出演経験あり。
「ご依頼者様の利益を常に考え、最善の解決をご提案します。」

