歯科医師との離婚で押さえておきたい財産分与・婚姻費用・養育費のポイント|医療法人・出資持分・高額所得をめぐる実務上の注意点を弁護士が解説

歯科医師との離婚で押さえておきたい財産分与・婚姻費用・養育費のポイント|医療法人・出資持分・高額所得をめぐる実務上の注意点を弁護士が解説
歯科医師との離婚が一般的な離婚より複雑になりやすい理由
歯科医師との離婚では、自宅や預貯金だけでなく、歯科医院の設備、医療法人の出資持分、診療報酬、役員報酬、医院に関する借入れなどが関係することがあります。そのため、名義だけを見て財産や収入を判断すると、実態を正しく捉えられないおそれがあります。
特に重要なのは、①歯科医師個人の財産と医療法人の財産を区別すること、②婚姻中に形成された出資持分などの価値を適切に評価すること、③役員報酬だけでなく実質的な収入状況を検討すること、④法人と個人の資料を早い段階から確保することです。以下では、専門的な論点をできるだけ分かりやすく解説します。
財産分与の基本―名義ではなく形成の実態を見る
婚姻中に夫婦が協力して築いた財産が対象になる
財産分与の中心は、婚姻中に夫婦が協力して形成・維持した財産を清算することにあります。預貯金、不動産、有価証券、保険の解約返戻金、退職金などは、夫婦の一方だけの名義であっても、婚姻中の協力によって形成されたものであれば対象になり得ます。
令和8年4月1日に施行された改正民法では、家庭裁判所が財産分与を定める際、婚姻中に取得・維持した財産の額、寄与の程度、婚姻期間、婚姻中の生活水準、年齢、心身の状況、職業、収入など一切の事情を考慮することが明確にされました。また、寄与の程度は、異なることが明らかでない限り相等しいものとされます。
受付・経理・家事・育児も財産形成への貢献となる
歯科医師本人の診療技術や専門資格が医院の収益に大きく寄与しているとしても、それだけで他方配偶者の貢献が否定されるわけではありません。配偶者が受付、経理、従業員管理、採用、院内事務を担当していた場合はもちろん、医院業務に直接関与していなくても、家事や育児を担い、歯科医師が診療や経営に専念できる環境を支えていた事情は考慮され得ます。
婚前財産や相続財産は原則として対象外
婚姻前から所有していた財産や、婚姻中であっても相続・贈与により取得した財産は、原則として特有財産であり、財産分与の対象外です。ただし、その財産の維持や価値の増加に他方配偶者の具体的な貢献があった場合には、増加部分などについて調整が問題となることがあります。婚前の医院を婚姻後に拡大したケースでは、開業時の価値と別居時の価値を分けて検討する必要があります。
歯科医院・医療法人の財産はどこまで財産分与の対象になるか
医療法人の財産をそのまま院長個人の財産とは扱えない
医療法人は、理事長や院長個人とは別の法人格を持ちます。したがって、法人名義の預貯金、不動産、医療機器、診療報酬債権などを、そのまま歯科医師個人の財産として分与することはできません。法人の負債についても同様に、当然に個人の債務になるわけではありません。
もっとも、『法人名義だから離婚では一切関係がない』ということでもありません。歯科医師が医療法人の出資持分を持っている場合、その出資持分自体が個人財産として評価され、婚姻中に形成された部分が財産分与の対象となる可能性があります。持分の定めのない医療法人では、同じ発想で単純に純資産を分けられるわけではなく、基金、退職金、法人から個人への貸付けなど、個人に帰属する権利を個別に検討します。
法人化前の個人診療所から資産が引き継がれたケース
医療法人の出資持分を財産分与の対象とした裁判例として、大阪高等裁判所平成26年3月13日判決が知られています。この事案では、法人化前の診療所が夫婦の共同財産として形成され、その財産を基礎に法人の資産が形成・増加した事情などが考慮されました。
大切なのは、この裁判例から『医療法人の資産は常に夫婦で半分ずつになる』とはいえないことです。開業時期、開業資金の出所、法人化の時期、資産の引継ぎ、出資者、婚姻期間中の利益蓄積、配偶者の関与など、事案ごとの形成経緯を立証する必要があります。
親族名義や配偶者名義の出資持分も名義だけでは決まらない
出資持分が親や兄弟などの親族名義になっている場合でも、名義だけで直ちに対象外になるとは限りません。他方で、親族名義であるというだけで当然に歯科医師本人の財産と扱うこともできません。出資金を実際に負担した人、名義を取得した経緯、持分の管理状況、払戻しを受ける権利の帰属などを資料に基づいて確認します。
医療法人の出資持分はどのように評価するのか
純資産額が重要な出発点になる
非上場の医療法人には市場価格がありません。そのため、貸借対照表上の純資産、保有不動産の時価、医療機器の価値、未収診療報酬、借入金などを精査して評価することになります。前記大阪高裁判決では、医療法人の純資産価額を基礎としつつ、将来の流動的要素などを考慮し、その7割相当額を評価額としました。
ただし、『純資産の7割』がすべての医療法人に共通する計算式ではありません。法人の規模、定款、持分払戻請求の可能性、換価の困難性、事業継続の必要性などにより評価は異なります。
決算書の数字をそのまま信じない
決算書上の資産額と実際の価値が一致しないことがあります。たとえば、不動産の帳簿価額が時価と大きく異なる、古い医療機器に高い帳簿価額が残っている、役員から法人への貸付金や法人から役員への貸付金がある、といった場合です。少なくとも複数期の決算書、勘定科目内訳明細書、固定資産台帳、借入金明細、リース契約書などを照合する必要があります。
将来の税金・退職金・リース債務は個別に検討する
出資持分の評価では、将来の税負担、退職金債務、医療機器のリース債務、事業継続上必要な資金などが争点になることがあります。ただし、将来発生する可能性があるというだけで、すべてを機械的に控除できるわけではありません。発生の蓋然性、金額の確実性、支払時期、評価基準時との関係を個別に検討します。
婚姻費用では役員報酬以外の実質的な収入も問題になる
婚姻費用とは
婚姻費用とは、別居中を含む婚姻期間中に、夫婦と未成熟子が生活するために必要な費用です。通常は、双方の収入、子の人数・年齢などをもとに、裁判所の標準算定方式や算定表を参考に定めます。
役員報酬を低く設定していれば、それだけで収入が低いとは限らない
医療法人の理事長は、法人内部で役員報酬額や経費支出に影響を及ぼせることがあります。そのため、給与明細や源泉徴収票だけで実質的な収入を判断できないケースがあります。法人が個人的な支出を負担していないか、従前は配偶者に支払われていた専従者給与が法人に留保されていないか、役員貸付金や配当等がないかなども確認します。
那覇家庭裁判所平成16年9月21日審判では、医療法人の理事長兼歯科医院院長である夫について、従前妻が専従者給与として得て婚姻費用に充てていた利益が法人に帰属するようになったものの、最終的には夫が取得する可能性が高いとして、夫の収入に加算した例があります。ただし、法人利益を常に全額、理事長個人の収入として扱えるわけではありません。法人の独立性を前提に、実質的な支配、取得可能性、生活費への充当実績などの具体的事情が必要です。
収入減少が直ちに婚姻費用の減額につながるとは限らない
別居後に退職した、診療日数を減らした、役員報酬を引き下げたという場合でも、その減少が合理的か、自ら意図的に収入を減らしたものではないかが検討されます。歯科医師は資格、経験、年齢、従前の収入、再就職や再開業の可能性などから稼働能力が認定され、実収入より高い収入を前提に算定される場合があります。大阪高等裁判所平成22年3月3日決定も、歯科医師の稼働能力を考慮した事例として参考になります。
高額所得者では算定表の上限を超えることがある
標準算定表が想定する年収の上限は、給与所得者2000万円、自営業者1567万円です。これを超える高額所得者については、算定表の最高額をそのまま用いる方法、基礎収入割合を修正する方法、貯蓄に回る部分を考慮する方法、同居中の実際の生活水準や支出額から認定する方法などが検討されます。
どの方法が適切かは、上限をどの程度超えるか、家族の生活水準、住居費や教育費、収入の安定性などによって異なります。高収入だから算定表の上限額で必ず打ち止めになるわけでも、収入に比例して際限なく増えるわけでもありません。
養育費と子どもの教育費・医療費
養育費も収入の実態を確認する
養育費は、離婚後に子どもを監護するために必要な費用です。婚姻費用と同様に双方の収入を基礎に算定されるため、医療法人からの役員報酬、事業所得、配当、不動産所得などがある場合は、収入の種類ごとに整理する必要があります。法人と個人の資金移動が多い場合には、単年度の所得証明だけでなく、複数年度の申告書や決算書を確認することが重要です。
私立学校の学費や高額医療費は当然に全額加算されるわけではない
私立学校の学費、留学費用、高額な医療費、歯列矯正費などは、算定表の標準的な生活費を超える特別支出として問題になります。父母の合意、同居中の教育方針、収入水準、支出の必要性・相当性などを踏まえて、負担の有無と割合を検討します。たとえば歯列矯正は自由診療であることが多く、常に当然の加算対象となるわけではありませんが、治療上の必要性が高い場合や、同居中に双方の了解のもとで開始していた場合には、負担が認められる可能性があります。
財産隠しを防ぐために確認したい資料
個人に関する主な資料
- 預貯金通帳・残高証明書・取引履歴(別居時点だけでなく、その前後も確認)
- 確定申告書、所得証明書、源泉徴収票、給与明細
- 不動産登記事項証明書、固定資産評価証明書、住宅ローン資料
- 生命保険・損害保険の解約返戻金資料、有価証券・暗号資産の資料
- 医療法人の出資持分、基金、役員退職金に関する資料
歯科医院・医療法人に関する主な資料
- 直近数期分の決算書、総勘定元帳、勘定科目内訳明細書
- 法人税申告書、固定資産台帳、医療機器・車両の資料
- 診療報酬の入金資料、法人通帳、借入金・リース契約書
- 役員報酬の決定資料、役員貸付金・役員借入金の明細
- 定款、社員名簿、出資持分や基金の払込みを示す資料
資料は一つだけで判断せず、相互に照合することが重要です。たとえば、決算書上の役員借入金が誰の資金なのか、法人通帳から個人の生活費が支払われていないか、別居前に不自然な資金移動がないかを確認します。
相手が資料を開示しない場合
相手方が任意に資料を提出しない場合には、調停・審判・訴訟の中で、裁判所を通じた調査嘱託や文書提出命令などを検討します。金融機関への調査嘱託では、金融機関名や支店名など対象をある程度特定する必要があるのが通常です。また、申立てをすれば必ず採用されるわけではなく、必要性や対象の特定が求められます。
別居前に入手できる資料を適法な範囲で保存しておくことは有用です。ただし、無断でパスワードを突破する、他人のアカウントに不正アクセスするなどの行為は避けなければなりません。どの資料をどの方法で確保するかは、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
年金分割と請求期限にも注意する
年金分割は財産分与とは別の制度
年金分割は、婚姻期間中の厚生年金の標準報酬記録を分割する制度であり、預貯金などを分ける財産分与とは別の手続です。歯科医師が医療法人から役員報酬を受けて厚生年金に加入している場合などは対象となり得ますが、国民年金部分そのものを分割する制度ではありません。合意分割と3号分割の違いも確認する必要があります。
令和8年4月1日以後の離婚は原則5年以内
財産分与の家庭裁判所への申立期間は、令和8年4月1日以後に離婚した場合、離婚日の翌日から原則5年以内です。同日前に離婚した場合は原則2年以内であり、離婚日によって適用される期間が異なります。年金分割の請求期限も、令和8年4月1日以後の離婚等は原則5年以内、同日前の離婚等は原則2年以内です。期限間際には必要な情報取得や手続が間に合わないおそれがあるため、早めの対応が必要です。
歯科医師との離婚を進める際の実務上のポイント
離婚条件を決める前に財産の全体像を把握する
早く離婚を成立させたいという思いから、財産資料を十分に確認せず離婚届を提出してしまうことがあります。しかし、医療法人の出資持分や役員貸付金などは、後から存在や価値が判明しても、交渉が難しくなる場合があります。まずは別居時点の財産一覧を作り、個人財産と法人財産を分け、資料が不足している項目を洗い出すことが重要です。
財産分与と婚姻費用では見る時点・目的が異なる
財産分与は主として婚姻中に形成された財産を分ける制度であり、一般に別居時などが財産の基準時として問題になります。これに対し、婚姻費用や養育費は生活保持や扶養のための制度で、現在および将来の収入が中心となります。同じ決算書や通帳を使う場合でも、何を立証するための資料かを区別して整理しなければなりません。
税務・会計の視点を含めた検討が必要になることもある
出資持分の評価、法人からの資金移動、退職金、持分払戻しに伴う課税などが関係する場合には、法律判断だけでなく税務・会計上の検討が必要です。財産分与額だけを決め、実際の支払方法や税負担を詰めていないと、医院経営や離婚後の生活に大きな影響が生じることがあります。必要に応じて税理士、公認会計士などと連携して解決案を設計します。
まとめ―歯科医師との離婚は早期の資料確保と正確な評価が重要です
歯科医師との離婚では、医療法人の財産と個人財産を区別したうえで、出資持分、法人化前の診療所からの資産形成、役員報酬以外の実質的な収入、医院経営への配偶者の貢献などを丁寧に確認する必要があります。法人名義だから対象外、院長名義だからすべて分与対象という単純な判断はできません。
また、決算書や確定申告書だけでは実態が分からないことも多いため、複数期の資料と通帳、固定資産、借入れ、リース、役員貸付金などを照合し、財産の形成経緯と資金の流れを明らかにすることが重要です。離婚条件に合意する前に、専門的な見地から資料と評価方法を確認することが、適正な解決につながります。
歯科医師との離婚でお悩みの方はP&M法律事務所へご相談ください
P&M法律事務所では、歯科医院・医療法人が関係する財産分与、婚姻費用、養育費などについて、個人と法人の資料を整理し、事案に応じた解決方針をご提案します。『医療法人の財産がどこまで対象になるのか分からない』『相手の本当の収入が把握できない』『資料を開示してもらえない』といった段階でもご相談いただけます。初回相談は無料です。重要な資料が失われたり、請求期限が迫ったりする前に、まずはお気軽にP&M法律事務所へご相談ください。
※本記事は一般的な法的情報を提供するものであり、個別案件の結論を保証するものではありません。裁判例の判断は具体的事情により異なります。
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P&M法律事務所
代表弁護士 林本 悠希
大阪大学高等司法研究科卒業後、事務所経験を経て独立し、P&M法律事務所を立ち上げる。メディア出演経験あり。
「ご依頼者様の利益を常に考え、最善の解決をご提案します。」

